新しいMDRは医療機器メーカーにとって何を意味するのか:エキスパートへのインタビュー


ウィンタートゥール,2021年8月 —— 医療機器に関するEUの新しい規制、いわゆる欧州医療機器規制(MDR)は2021年5月26日から法的な拘束力を持つことになりました。このことは、欧州市場で事業を展開する医療機器メーカーにとって何を意味するのでしょうか?この問題について、キスラーのシュテファン・フォーゲル事業開発部長とフローリアン・ピフル プラスチック部門事業開発部長がスイス・ヨーナー研究所(Johner Institut Schweiz GmbH)のエキスパートであるウルス・ミューラー氏にお話を伺いました。同研究所は、ドイツに本拠を置くヨーナー研究所のスイス支局で、法律を遵守した開発、品質管理、医療機器の承認などに関する問題について、企業に向けて様々なアドバイスを行っています。
インライン工程監視システム(キスラーのmaXYmo監視システムなど)により、医療機器の品質を確保できます。
キスラーのmaXYmo監視システムやセンサ技術など、インライン工程監視システムは医療機器の高水準の品質保証を実現するカギとなります。

「いつでも勝者と敗者がいます。早い段階でビジネスモデルを切り替えたり拡張したりしながら、デジタル化に対応していた企業は勝者となります。」

ヨーナー研究所のコンサルタントのウルス・ミューラー氏

ミューラーさん、最新の動向についてお話を伺う時間を設けていただき、誠にありがとうございます。ご承知のように、近頃は誰もがMDRのことを話題にしています。このMDRはいったい何を目的としたものなのでしょうか?具体的、実務的な変更点は何でしょうか?また、産業にとってMDRは何を意味するのでしょうか?

U. Müller: まず最初に、インタビューにお招きいただき、誠にありがとうございます。医療機器の規制に関して、欧州で新しい法的基礎が導入された重要な理由の1つは、メーカーと当局に対するコントロールを強めることでした。これにより、開発、生産、販売、マーケティング、さらには販売後の監視に関して、新しい、さらに厳しい要件が課せられることになりました。こうした変更点は、製品の使用に関するデータの収集に特別な影響を及ぼします。従来のMDD(医療機器指令)がガイドラインだったのに対し、MDRは実際に法律であるという事実からも、これは明白です。たとえば、技術的な記録管理、安全および製品性能、さらに臨床的利点の証明に関してはいっそう厳しい要件が課せられることになりました。報告義務の範囲も拡大されており、これには新しい欧州医療機器データベース(EUDAMED)での性能と安全性に関する情報の公表も含まれます。

既存の製品と新しい承認に関して、現在メーカーが直面している課題は何ですか?

U. Müller: 従来の法律に適合していた製品をかなり多くポートフォリオに擁しているメーカーは今後、記録全体を見直し、MDRに適合させる必要があります。また、場合によっては臨床的な証拠を含め、製品が効果的であること、および約束される利点が得られることを示す(追加の)証拠を提供する必要があります。これにより、多くのメーカー、とりわけ分野を絞った小規模メーカーは、市場から製品を引き上げざるをえなくなるかもしれません。こうしたことが進むと、製品を入手しづらくなり、患者の治療が困難になってしまうことも十分ありえます。

もう1つの課題は、医療機器の承認に関することです。公認機関に対する新しい要件が著しく厳格化されたのです。スイスでは現在のところ公認機関はありませんが、発展し続けられる公認機関の数は減少していくと思われます。MDRの対象となる製品を完全に試験することはできない公認機関も出てくるでしょう。これによって業務が滞り、場合によっては公認機関が存在しなくなることでメーカーが変化を強いられ、新しい承認を得るまでに1年以上費やすことになるかもしれません。この結果、投資の回収に大幅な遅れが出ることになるでしょう。

さらにもう1つの課題は、ご存知のように、OEM-PLM構造 [編集部注:OEMとプライベートブランドによるバリューチェーン]、言い換えればサードパーティによるライセンス生産が事実上廃止されることです。PLM(プライベートブランドメーカー)が販売する物品について、技術的な記録管理を完全に実施する必要があるとすると、PLMはその物品の製造についてのOEMのノウハウを完全に手に入れることになりますが、これはOEM-PLM関係の背後にある考え方と矛盾します。

先ほどヨーナー研究所で積極的に取り組んでいる分野について言及されましたが、研究所のコンサルティング業務ではどのような部分に焦点を当てていらっしゃるのでしょうか?

U. Müller: MDRに関するトレーニングコースは何年も前から開催しています。スタートしたのは2017年のことです。各種コンセプトと要件は、最初から十分に練られていたわけではありませんでした。EUが実務的な細部を決めたのは、最終段階に入った2019~2020年頃だったからです。この問題に関して新しい情報が入手可能になり次第、すぐに医療技術メーカーやお客様のために内容の処理に取りかかり、たとえば当社のブログ記事や、詳細については「監査保証」トレーニングプログラムのビデオシリーズで取り上げたいと思っています。対象となるテーマの1例として、UDI [編集部注:機器固有識別子の規制] があります。私の業務範囲では、ソフトウェア開発企業が、明確に構造化した開発プロセスを確立するという、特別な義務を課せられているのを目にします。こうした企業は、リスク解析を含め、ソフトウェアに関してさらに広範かつ正確な記録を提出しなければならなくなっています。臨床的な評価については、すでに述べました。研究所は、メーカーの皆様がより質的な意味で臨床的利点を証明できるようサポートしております。また、マーケットデータの解析、文献検索プロセス、文章の執筆の部分的な自動化も行いましたので、短期間で高品質な報告書を作成できるようになりました。このように、メーカーの皆様がより迅速に規格や法律の変更に対応できるようなツールを私たちは開発しています。

そして何よりも、場合によっては、スイスなどのEU圏外の国のメーカーがEU市場に参入し続けられるようにするには、卸業者や欧州正規代理店(いわゆる「事業者」)などの役割を新設することが必要になります。ヨーナー研究所では、EUのメーカーがスイスで製品を販売し続けられるよう、また逆にスイスのメーカーがEUで製品を販売できるよう、メーカーの皆様のために正規代理店の役割をお引き受けしています。

MDRに対応しなければならなくなった今、メーカー各社は多くの課題に直面しているように思います。しかし、MDRによって、たとえば新しいビジネスモデルやテクノロジーのチャンスが生まれるという側面はないのでしょうか?

U. Müller: いつでも勝者と敗者がいます。早い段階でビジネスモデルを切り替えたり拡張したりしながら、デジタル化に対応していた企業は勝者となります。成功の原動力となるのは、本質的に技術なのだと思います。高齢化社会などの社会的傾向を踏まえると、たとえば人工知能が市場に浸透する可能性は大いにあります。ビジネス世界や職場のデジタル化と関連し、サービスと製品を提供する新しいビジネスモデルも出現しつつあります。こうしたことだけを見ても、将来的にはビジネスプロセスのデジタル化が非常に重要になることがわかります。たとえば、記録、監視、報告の生成プロセスの自動化です。メーカー、当局や事業者は、患者自身に関する、バリューチェーン全体を通じた情報のやりとりのための適切なインタフェースとデータ形式を作り上げる必要があるでしょう。情報やデータからさらに優れた製品を開発する手法は今後変わってくるでしょうし、ここから新しいビジネスモデルも生まれると思います。MDRが主要な原動力というわけではありませんが、MDRによって、こうした要件が確実に加速したと言えます。

MDRは、サプライヤー管理とサプライチェーンの透明性に対してどのような影響を及ぼしますか?

U. Müller: 要件は非常にシンプルで、生産・開発に関連する全サプライヤーと、生産のために定められた全プロセスを記録する義務があるだけです。MDRは、これ以上具体的な細部には踏み込んでいません。これに関しては、改訂されたISO13485:2016において明確化されており、たとえば医療機器用の品質管理システムにおいて守るべき要件が定められ、サプライチェーンの管理についても扱われています。サプライヤー管理の要件の遵守に関しては、私たちの履行経験からすると、特に大手サプライヤーの場合、たとえ品質管理システムが存在していても、さらに多くの監査を実施するようになっています。そのため、すべての品質管理プロセスを非常に正確に記録する必要があります。

新しいMDRに関連し、たとえばキスラーが提供しているようなインライン工程監視システムの活用をどのように評価されますか?

U. Müller: MDRには、製造プロセス自体に関する具体的な要件はほんのわずかしか含まれていません。しかし、MDRにおける要件に関して、もっと広い視点から見ると、継続的な工程監視の利点は明らかです。監視を自動化することで、製品品質を簡単に評価できる可能性が広がるだけでなく、生産データの証拠となる広範な記録を直接得られるようになります。具体的なデータを利用できる可能性が広がれば、そして自動化も進めることができれば、より効率的に品質管理プロセス全体の各種側面をマッピングできるようになるでしょう。こうしたことを踏まえると、要件(とりわけ工程透明性と記録管理に関する要件)の増大に伴い、各種ソースから生産データを保存・処理・評価できるようにするために、今後ますます多くのメーカーがこうしたソリューションを採用することになると予想されます。

ミューラーさん今回はいろいろと詳しくお話しいただき、本当にありがとうございます。そして、最後の質問です。医療技術産業では、全体としてどのような傾向や動向があると感じていらっしゃいますか?

U. Müller: 高齢化社会によって医療機器全般への需要が増大していることを別にすると、オーダーメード医療、自宅生活支援、根拠に基づいた医療などが進む傾向が見られます。こうした動向にとって重要なテクノロジーの1つとなるのが人工知能(AI)です。今後10年ないし20年で、このテクノロジーは私たちの社会に革命をもたらす可能性があり、それは医療技術市場でも同様です。緊急に進歩が必要なもう1つの重要な分野は、レギュラトリーサイエンス、つまり技術や科学を基礎にしてより良い規則をつくる科学です。

ここで主要な成功要因となるのは、指定する要件と、ITセキュリティやデータ保護に関する問題への取り組みです。ITセキュリティとデータ保護は、患者自身にいたるまでの治療に関連する各種システムをしっかりネットワークにつなぐ範囲に直接影響を及ぼします。これを実現するためには、デジタルインタフェースと標準化されたデータ形式が必要になります。製品やシステム間での通信のためにも、そして規制に必要な情報を監視団体や当局に送信するためにも必要になってきます。ここでの総合目標は、プロセスをより効率的にすることで、最終的には、患者が技術の進歩の恩恵を受けられるようになることを目指すことになります。

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